地元の銀行では窓口から融資まで一通り銀行業務をしました。わりと柔軟に環境に対応できる性格なのか、お客様への対応も楽しかったし、上司にも同僚にも恵まれ、楽しく働いていました。ところが、5年経って、当時つきあっていた人と結婚話が持ち上がったときにふと「このまま結婚していいのかな」と、そんな気持ちになったんです。ちょうどそのころ、新宿支店配属だったのですが、以前から地元でお世話になっていた美容院のオーナーが、東京で活躍する山梨出身の美容師さんを紹介してくれたんです。その女性の高い技術力と生きる姿に魅了され、「自立して働く女性になりたい。そのためには手に職が必要。美容師になろう」と。自分のやりたいことで働く人の輝きに圧倒され、私も「この人のようになりたい」と思いました。
それで3月という区切りのいいところで銀行を退職。山梨の美容学校へ入学しました。もちろん結婚はお断りし、その人とは別れました。
不思議なほど、美容師以外の職種はそのとき浮かびませんでした。私にとっては、「男性に頼らず、自分の力で生活したい」という気持ちイコール「美容師になること」だった気がします。
学校は、国家資格取得のための勉強が中心だったので、スタイルやカットなどの実力を身につけるため、卒業後すぐに地元の美容室へ就職しました。最初はアシスタントから。美容師は中学や高校を出てすぐに目指す人が多いので、自分と同い年の技術者もいました。自分がこの世界に入ったのが遅いんだからしかたないのですが、それでも悔しくて「負けたくない」と、遅くまで練習を重ねました。美容師として早く一人前になりたくて、オーナーの後に付いて、「私にカットをやらせてください」と言ったり、勝手にお客様のカウンセリングに入って叱られたり。でも幸いなことに、注意されたり、叱られたりすることはあっても、私の努力を認めてくれて、いじわるをされたりということはまったくありませんでした。それは本当に職場に恵まれ、ラッキーだったなと思います。
そこで、美容師という仕事の面白さも実感しました。いろいろ話をうかがい、お客様の要望を受け入れつつ、プラスα、そのお客様自身がなかなか言葉にできない部分、本当はちょっと冒険してヘアスタイルを変えたいと思っている気持ちなどをくみ取りながら、その方に合ったヘアスタイルに仕上げていく。そして結果、喜んでくれる。それが何より嬉しかった。いろいろな技術を一つひとつ習得できるのも楽しかったですね。
銀行経験のせいか接客が得意で、お客様の評判もよかったのが認められ、28歳のとき、新店の店長に抜擢されました。その後、統括マネージャーに昇格し、スタッフを育てる立場になりました。でも、そうなると、なかなか技術力を向上させることができません。それで、32歳のときに結婚したのですが、夫とも話し合い、独立して自分の店をオープンさせることにしました。それがこの“Bijoux ”です。宝石という意味で、私がお手伝いすることで多くの女性たちが輝きを放ってくれたらという思いを込めて、この名前にしました。勤めていたお店は、若い顧客がターゲット層でしたが、私のお店は大人の女性たちがゆっくりとくつろげる場所にしたかったので完全予約制。カウンセリングを十分に行うため、1日7〜8人ぐらいのペースにしています。
今は自分の好きな空間で、自分のペースでお客様と接することができて本当に幸せだと思っています。ただ、決してこれでいいと満足はしていません。お客様が何を望んでいるか、時代や世の中がどんな動きをしているか、一緒に働く仲間が楽しく仕事ができているか、などなど、常に考えています。技術の向上も大きな課題ととらえ、毎年必ず1回、イタリアミラノへ講習を受けに行っています。
美容師スタートは確かに他の人と比べたら遅かったかもしれません。でも、自分がやりたいと思ったときがチャンス。悩んでいたら、それだけさらにスタートも遅くなります。だから、やりたいと思ったらすぐに挑戦。それが自分らしく生きるコツのような気がします。












