転身ストーリー

今月のストーリー

vol.4 航空会社地上職からジュエリーデザイナーへ 川崎けやきさん(34歳)

一見正反対の世界だけれど、前職での経験があったから、自信を持って未知の仕事にチャレンジできた

「女性に喜びを届ける仕事に関わりたい!」と個性を抑える仕事から個性を活かす仕事へ

 以前勤めていた航空会社の地上職は、長年の夢がかなって就いた仕事。やりがいもあり、志の高い素晴らしい仲間にも囲まれて、充実した時間を過ごしていました。それでも「何か新しいことに挑戦したい」と感じ出したのは、仕事の全体像を把握し、新人教育まで任され始めたころから。約6年間勤めて、仕事上の目標をほぼ達成しつつあったことが、変化を求めた理由だったかもしれません。また、統一された美を大切にする航空業界とは違った世界で、もっと自分の能力を活かして美しさを生み出す仕事をしてみたい、という気持ちも芽生えつつありました。
 そんなとき、仕事中につけていたリングをお客様がほめてくださったことが、今の仕事を目指す大きなきっかけに。自分のセンスが認められたのも嬉しかったのですが、「ほめられたり、羨ましがられたりすることは、女性にとって大きな喜びなのだ」と改めて気づいたのです。「私はそんな喜びを人に届けたい。女性が誇らしく思えるようなジュエリーに、私自身が関われたら素晴らしい」とはっきり意識したできごとでした。

ジュエリーという未知の業界に飛び込む自信は、前の職場での6年間があったからこそ生まれた

photo 目標が決まってからは早かったですよ。国から補助が出る学校を見つけて、すぐに退職を申し出ました。当時の上司のアドバイスもあり、同じ航空会社の系列派遣会社に登録。2ヵ月後にはもう東京で働いていました。30歳目前にして初めて郷里を離れたわけですが、学生時代からの親友がいつも近くにいて助けてくれたこと、両親も「東京を見ておくことはきっとプラスになる」と賛成してくれたことなど、周りの協力もあってほとんど不安は感じませんでした。そして、一番の勇気をくれたのはやはり前の職場での6年間。多くの人と接するなかで試練も経験し、複雑なシステムや変化の早い時代に対応するべく一生懸命勉強もしたことが、「どんな仕事でもやっていける!」という自信につながったのです。
 それからしばらくは、昼間は人間ドックの受付、夜は専門学校という生活。夜間コースの仲間は働きながら学んでいる人ばかりで、みんな真剣そのものでした。こうして同じ目標を持つ仲間ができたことも、つい自分に甘くなってしまいそうなとき、目標を再確認して頑張り続ける支えになりました。

独立することには不安もあるけれど、思い切って踏み出すことでついてくる結果もある

photo ジュエリーの仕事を始めた当初は病院の仕事も続けていましたが、注文が増えたのは不思議なことに、病院を辞めて制作に専念し始めてから。もちろん、最初から仕事が増えると見込んで独立するということは通常考えにくいことかもしれませんが、独立して仕事が増えるのにはちゃんと理由がある気がします。たとえば私の場合、病院の仕事を続けている間は、自分の職業を「ジュエリーデザイナー」とはいえませんでした。それが、独立してからは胸を張ってジュエリーデザイナーを名乗れるように。そういう意識の違いがお客様への信頼感につながり、認めてもらえるようになったと思うのです。

photo 独立したことで、時間の使い方は自由になり、美術館などに足を運んでセンスを磨く機会も増えたのは嬉しい限りです。ネットで受注する今のスタイルなら、たとえば結婚して東京を離れるようなことになっても続けられるはず。そのときのためにも、今のうちに作品がもっと多くの人に愛されるよう努力していきたいと思っています。


川崎けやきさんのお仕事

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お客さまの手に渡るのを待つ作品の数々。「見て美しいだけでなくつけて美しいように」と考えられたデザインが持ち味だ オーダーを通じての素敵なエピソードも多い。このペンダントは女の子を出産した奥様へ、ご主人からの贈り物として制作。いずれは母から娘に受け継がれることを考えたメッセージが刻まれている 基本的な道具類は、専門学校に入学したときに教材として揃えて以来の愛用品
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デザイン画に石を貼り付けて仕上がりイメージを確認。これをお客さまに見せて相談することも。「オーダーを受けてから材料を調達するので、在庫が不要なのもメリットですね お客さんとの主なコミュニケーションツールはWebサイト。写真の更新などのメンテナンスも自分でこなす。「最近はブログを通じてファンになってくれる人も。ブログは優秀な営業マンみたい(笑)」 作品が完成したらWebサイトに掲載する写真を撮影。「ジュエリーは素敵に見えることが大切」と写真の美しさにもこだわった結果が、「朝の時間帯に近くの公園で撮影」というスタイルになった

川崎けやきさんからひとこと「好きな事で活躍する自分をカラーでイメージできたら叶う。」

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ジュエリーデザイナーになるには

PROFILE 川崎けやきさん

PROFILE

川崎けやきさん

1972年生まれ。宮城県出身

■1996年4月 23歳
大学卒業後、企業の貿易部門に就職
航空会社の仕事は幼い頃からの夢だったが、就職氷河期の始まりとも重なって新卒者の募集はゼロ。中途採用のチャンスをうかがうことに

■1996年8月 23歳
難関を突破して航空会社地上職に転職
こまめに求人情報をチェックしていた甲斐あって、早いうちに航空会社の募集広告を発見。高倍率を突破して、仙台空港での地上職として採用される

■2002年 29歳
専門学校に通うため退職、上京
ジュエリーデザイナーという目標を決めるとすぐに退職を決意。東京の専門学校に通うため上京する。昼は派遣で紹介された病院の仕事に就きつつ夜は専門学校へ

■2005年 32歳
病院勤務のかたわらジュエリーの受注を開始
病院で働きながらジュエリー制作の受注をスタート。最初は友人を介してのオーダーが中心だった

■2006年 33歳
ジュエリーデザイナーとして独立
1月にオリジナルブランド「Zelkova.K」のWebサイトを立ち上げ、4月には病院の仕事もやめてジュエリーの仕事に専念。知人からの紹介以外の受注もぐっと増えた

Zelkova.K/ゼルコーバ.K
http://www.zelkova-k.com/