がんばろうとしているあなたへ 第10回梶原しげるさん 50歳を目前に大学院に進んで臨床心理学を学ぶなど、貪欲に知識を吸収する梶原さん。尊敬できる先生からものごとを教わることほど、楽しいことはないのだと語る。

学び後のお話
生放送後のJFNスタジオにて撮影

大学時代に通ったアナウンススクールで「学ぶ楽しさ」を知った

自らの力で道を切り開いた経験というものは、人生を歩む上で大きな力になってくれるものです。僕の場合、その「成功体験」が、大学時代に通ったアナウンススクールでした。

当時は学園紛争真っ盛りで、授業はほとんど行われなかった時代でした。僕は政治活動とは距離を置いた、いわゆる「ノンポリ学生」。政治にのめり込んでる連中から「意識が低い」ってバカにされながら(笑)、バンド活動に熱中していたんです。夏は避暑地の高原、冬はスキー場という感じで、一年中演奏のアルバイトをしてましたね。

そんな学生生活を送り、4年生になろうとしていた冬のこと。
確か蔵王のスキー場だったかな、一緒に演奏していた仲間と雑魚寝していたとき、就職の話になったんです。このままじゃ就職なんでできそうもないなあって暗くなってたら、誰かが「梶原はアナウンサーになればいいよ」と言ったんですね。仲間はほとんどが地方出身者で、僕だけが標準語をしゃべるっていう、それだけが根拠。今思えば単純としか言いようがないですが、僕も負けず劣らず単純だから、ついその気になっちゃった(笑)。そこで、演奏する時に司会を手伝ってくれた放送研究会の人に相談したら、アナウンサーの人を紹介してもらえました。そしてその人に勧められ、アナウンススクールに通うことになったんです。

そこでの勉強は、本当に楽しかったですね。周りは大学の放送研究会に所属している人が多数派で、何も予備知識のなかった僕は劣等生でした。でも、毎日学んでいくうちに、自分が成長するのが実感できて、それが嬉しかったんです。それに、アナウンススクールの先生は、ものすごく権威がありました。厳しくて怖い先生ばかりでしたが、それだけに、たまに褒められるとものすごく嬉しいんですよ。大学ではまともに勉強できなかった僕にとって、凄く新鮮な経験。このときに、学ぶことの楽しさを知ったのだと思います。

専門性を磨くために様々な分野で挑戦。そして、心理学の先生に出会った

ラジオ局で働いている頃から、何らかの専門性が欲しいと思っていました。放送関係者の中には、漠然としたことしか言えない人が意外に多いんです。なぜなら、中途半端な知識しかないから。何か軸になるような専門知識がないと、歳を取ってからツラいだろうなあと考えていたんです。そこで、専門のスクールや上智大学のコミュニティカレッジに通って中国語を学んだり、日本語教師の勉強をしたこともあります。英語力に磨きをかけようと通信教材で勉強したり、TOEICを受けた経験もあったなあ。そして、40代後半になったときに出会ったのが、心理学でした。

きっかけは、ある先生の著書を読んだことです。当時僕は、50代をどうやって迎えようかと悩んでいました。そこで、人生論や啓蒙書のたぐいをいくつか読だのですが、その中に國分康孝さんという方が書いた、「論理療法」に関する本があったんです。そこには、「悩む人間は、頭が悪いから悩むのだ」と書いてありました。先生は、ものごとの受け取り方次第で人の幸・不幸は決まる、頭の働かせ方を変えれば悩むこともなくなると説いていたんです。こんな発想があるのかと、ものすごく魅力を感じましたね。それでこの先生に教わりたいと思い、大学院に入ることにしたんです。

大学院に入るため、毎週1回、10カ月くらい専門の予備校にも通いました。志望先の大学院は倍率が高くて、勉強は大変でしたね。小論文と心理英語、心理学の3科目を、1日8時間勉強しました。仕事の合間をぬっての通学でしたが、これがまた楽しかった。基本的に、学ぶことが好きなんですね。また、予備校ではものの見方のツボも教わりました。受験だけでなく、仕事にも役立つ内容でしたよ。

学位と心理関係の資格を取り カウンセリングの仕事を始めた

大学院に入学できたのは2000年4月。念願通り、國分康孝先生の指導を受けることができました。1人の先生が3人くらいの学生を受け持つという、とても濃密な関係。しょっちゅう先生の部屋に顔を出しては、修士論文の相談をする毎日でしたね。國分先生は、良い意味で学者っぽくない方です。論文指導をするときも、「こんな風に書く方が受けがいいぞ〜」なんて調子(笑)。知識だけでなく、知恵を授けてくれる方ですね。現在も、博士課程で先生の講義を聴講するなど、付き合いは続いています。先生に会ってから8年になりますが、恩師のそばでじっくり学べるのは、大学では味わえない大学院のメリットだと思います。ちなみに、当時の修士論文を新書用に書き直したのが、『口のきき方』という本。15万部のヒットになり、これだけでも十分に元は取れた(笑)。また、本を書くという習慣ができたことも大きかったですね。

その後、認定カウンセラーシニア産業カウンセラー健康心理士資格を取得しました。大学院終了後、精神科クリニックで約1年半デイケアを、現在は心理相談センターでカウンセリングを担当しています。心理学を始めようとする前は、全く知らなかった世界。仕事を始めた当初は、正直言ってかなり緊張しました。でも、この仕事をして良かったですね。相談者と接することで、一人ひとりにいろいろな世界観があることも分かりました。学ぶことは、やはり自分の世界を広げることなんだと感じますね。

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梶原さんの学びごとスナップ

現在は大学の
客員教授も担当
東京成徳大学では「対人コミュニケーション論」などの講義を担当している。「僕自身は、対人関係が下手くそなんですけどね(笑)。でも、学びの場では人間関係が築きやすいものなんです」

2年前から始めた
タップダンス
2006年からタップダンスを始めた梶原さん。日曜日のFM生放送が終わると、皇居の周りをジョギングしている。また、3年前には自動二輪免許を取得するなど、50歳を過ぎてからもアグレッシブに学び続ける姿勢は変わらない。

歌やウクレレの
腕前はプロ級
梶原さんは、高校時代から音楽活動を続けている。イングリッシュ演歌歌手としてヒット曲もあり、レコード大賞の企画賞にノミネートされた経験も持っているほど。ウクレレや歌など、音楽の腕は確かだ。

Profile プロフィール

梶原しげるさん

1950年7月26日生まれ。神奈川県出身。早稲田大学法学部を卒業後、アナウンサーとして文化放送に入社。同社社員としてラジオパーソナリティを担当しながら、日本テレビやテレビ朝日でもレギュラー番組を持ったり、演歌を英語で歌った「イングリッシュ演歌」でヒット曲をとばすなど、アナウンサーの枠にとらわれない活躍で知られる。1992年に独立し、数多くのテレビ・ラジオ番組に出演。また、『口のきき方』『すべらない敬語』(新潮新書)など、コミュニケーションに関するベストセラーも著している。
現在は、BS朝日「セレクションF 逸品堂」、JFN・FM「梶原しげるのNEXT ONE」にレギュラー出演中。また、東京成徳大学応用心理学部の客員教授も務めている。

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